「最高の1日」
ソフトウェア技術部第1開発課 入社2年目 男性
 
年前の

2003年9月26日、巨人軍・原監督がチーム不振の責任を取ると言って、任期1年を残し、わずか2年、日本一監督は、突然、任期半ばの辞任を申し出た。
私は、物心ついた時から、巨人ファンだった。野球少年であった小学生の頃、一番好きだった巨人の選手は、原辰徳だった。巨人入団当時から“若大将”と呼ばれONには及ばぬながら引退までずっと主軸に坐り2002年に監督に就任した。
原監督の現役時代、プレイに一喜一憂し、監督時代も就任1年目に日本一となりいい夢をみせってもらった。それだけに2年前の辞任会見(私は今でも解任だと思っているが!)はショックであった。
巨人ファンなんか辞めてやると思ったぐらいである。(でも結局は辞められなかったが)
 
かし、

2005年10月5日、ちょうどあの辞任会見から740日、待ちに待った原監督の監督就任会見。最高の一日が待っていた!
ここ2年、巨人は最悪のシーズンをおくったが、2006年はきっと優勝、日本一になってくれると思う。(超、願望です!)
原監督は、2年前の監督退任時、なんと、阪神の本拠地甲子園でマイクパフォーマンスをおこない、
「私は夢の続きというものを胸の中にしっかりとしまいこんで、宝物にして、明日からまた生きて参ります。」
という言葉を残した。

また原監督の夢の続きを見たいと思う。
 


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